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2011/05/19

東北に復興支援ボランティアに行って来た件

ゴールデンウィーク明けの週、5/9月~13金、宮城県気仙沼市と岩手県陸前高田市の作業を手伝った。例によって無駄に長いエントリなわけだが(つか分量見積もり明らかにミスった。各日を別のエントリにした方がよかったな)、個人的な雑感なので、ボランティア活動に関する有益で組織的な情報などは他のところを参照されたい。

■参加経緯など
ゴールデンウイークはボランティアがむしろ多過ぎでそれを回せない、みたいな情報が出回っていた(4/26のぼくのTwilog)。で、

まあ結局何だかよく分からないけど、ゴールデンウィークは、東北にボランティアに行ったりはせず、予定通り遊びまくる方向で。less than a minute ago via Tween Favorite Retweet Reply


とかツイートしたら目を付けられてしまったようで、ゴールデンウィーク翌週に人手が足らなそうなところでボランティアやる予定だが参加しないか、とのメッセージが直後にマサヤくんから入った。

社内ニート街道を順調に歩んでいるぼくは特にやるべきタスクも無いだろうので、参加の方向で検討。

ぼくは普通の会社に勤めているわけだけど、今回は年間3日付与されているボランティア休暇という制度を活用した。足りない2日分は普通の有給休暇を消化。勤め先は、普段からボランティア推進ぽい役割の人が社員全員に定期的にメールを出していたりと、そういう活動は結構積極的にやっている。震災直後は直接の被災地域へ入ることはリスク管理の観点から避けるようにというガイドラインが出ていた(=東京などでの物資仕分けとか、そういうのだけやれ、とのことだった)のだけど、今回メールで訊いたら、ボランティアセンターが立ち上がっているようなところなら行ってもいいよ、とのこと。

折角のボランティア休暇、使わなきゃもったいないので使いどころを考えていたところ、マサヤくんが声を掛けてくれたのはありがたかった。一人で東北まで行って活動するのは、色々単独行しているぼくでもちょっと躊躇する感じだし。

他の人たちは、下記の通り、ゴールデンウィークは忙しいけど翌週なら時間を作れる感じの職業の人たち中心。

■参加メンバー
今回はマサヤくんが声を掛けて集めたみたい。基準は、山とかやっていて、テント泊や自炊、自力移動が可能な、ってことらしい。

メンバーの所属と各自の行動概要は次の通り。
マサヤくんの車で、弾蔵さん(ARC'TERYX / JAZZY SPORT EXPEDITIONS ALPINE CLUB隊長 twitter@danzou009)、タロウさん(Jazzy Sport twitter@jazzysporttaro)、マサヤくん(Jazzy Sport twitter@masayasport)が日曜夜に気仙沼入り、弾蔵さんは水曜の作業後に帰京。東京からは他にゴリくん(ARC'TERYX)が火曜、ぼく(無所属新人)が日曜に、単身自分の車で乗り込んだ。ゴリくんは木曜の作業後に帰京。それと、盛岡Jazzy SportチームのチョクくんとTOKIOくんも火曜日から合流し、木曜日まで作業。金曜の作業後から土曜に掛けマサヤくんの車でタロウさんとマサヤくんとぼくが帰京。
つまり、月曜4名、火曜と水曜7名のフルメンバー、木曜6名、金曜3名。

全員の写真がチョクくんによるJSMSブログにある。
JAZZY SPORT MUSIC SHOP BLOG - はい こちら もりおか 上の橋 です。JS災害ボランティア団
そこでの写真は水曜日、気仙沼ボランティアセンターでの様子。ぼくのは、ヘルメットだけ写しているのかと思ったら思いっ切り全身撮られていた。盛岡組のはその日の夜、野営した公園でのものかな。

TOKIOくん(myspaceのアカウント見付けた。あと、このページに分かり易いプロフィールが→Artist Profile - TOKIO | Common Magazine -コモンマガジン-)はJazzy Sportクルーということでいいのか分からないが、絵を描く人で、Jazzy Sport関連のジャケットの絵を描いていたりする。grooveman Spotの2作目とか、DJ JINのJazzy Sport音源ミックスCDとか。

それと、この前の安比ジャジースポートでライブペイントやっていたのをぼくもブログで触れている。ここ数年ライブペイントやっているらしい。

それと、マサヤくんがぼちぼち書いているが。

力仕事はつくづく向いていたし、日頃鍛えてきたものが生かせるので使命感がより強くなりました。役割はそれぞれに!大きなチームプレイして行きましょう。less than a minute ago via Echofon Favorite Retweet Reply

そういった意味で、組織や団体(日頃からチームとして活動してる)で作業するのは、チーム力を高めるうえでとても有効。各自の特性を把握出来るうえ、信頼関係が高められる。さらに厳しい環境下での作業により強くなれる。less than a minute ago via Echofon Favorite Retweet Reply

モチベーションの高い「チーム」でやるのは有効というのは非常に同意。マインドセットと体力レベルが似ているかお互いに把握出来ているあるいは容易に把握出来るようなバックグラウンドを持っていること。今回のメンバーもお互い初めてな人たちも多かったと思う、というか少なくともぼくはタロウさんとマサヤくんをちょっと知っている程度で他の方々とははじめましてだったわけだけど、結構有効に機能していた。やる作業はそれほど難しいものでないわけで、自分から率先して仕事を片付ける姿勢を持っていればさくさく進む。今回のメンバーは全員その辺り完璧だった。残念ながら他の人たちでそうでない感じの人たちも見掛けたけど。

というわけで、体育会系の部活の人とか、各種団体(山岳会などが思い付く)とか、非常に向いているのではないかな。

自給自足必須エリアでは特に、若い山岳チームの皆さん、出番ですよ。less than a minute ago via Echofon Favorite Retweet Reply


それ以外の人も、例えば職場で誘い合わせるとか。今後は受け入れ体勢も整って来て、寝泊り食事移動を全て自前で賄わないと活動出来ないって状況でもなくなって来るんじゃないかな、と期待。盛岡市街からバスツアーとかも既にあったりするようだし。

■全体的な感想など

○作業内容はどこも大体同じみたい
今手伝いが必要なのは主に半壊した個人宅で、今後も住むための作業住居の骨組みは残せるけど1階の床上までは浸水しており、その掃除や泥出しをする必要があるようなところ。全壊のところは手作業でなく重機を入れるしかない感じ。
なお、この先も同じかは分からない。やっているみたいなところを見掛けたが、今後は田圃や畑などの瓦礫片付けなんかも今後必要になるんじゃないかな。

○物資は足りている感じ
水とか食料とか、避難所にも沢山あるようで、陸前高田1軒目では色々頂いたりした。大体どこの家も、普段は避難所に居て家の片付けなどで戻る感じ。
陸前高田のボランティアセンターには栄養ドリンクやオレンジジュースなどが大量にあり、その辺りの栄養が足りない感じだったので結構もらった。他にレトルトパックなども置いてあった。気仙沼でもお菓子類をボランティアに配っていたりした。
ただ自宅で避難生活を送っている人には相変わらず届いていないなんていう話も今だに見掛ける。その辺りは正直分からない。

○人手は足りていないんじゃないかな
まだまだ幾らでもやることはありそう。今は上記のように民家の片付けだけど、田畑もどうにかしなければならないだろうし、その周辺の用水路、あるいは小川なども手付かずでは。
ただ、ボランティアでやるのか、業者でやるのか、とか方向性がまだ見えない気もする。もう決まっているものなのかな。あと、そういう片付け作業を被災者の仕事として公的機関が報酬を出して行うような仕組みも必要のような。

○作業のマッチング大変。他、ボランティアセンターの機能がいまいち
朝、8時半に受付で、そこから本部がボランティア需要元に電話で当日の作業の打診をして、ボランティアの共有を捌いて行く、みたいな流れ。観察していると、需要が出ているお宅に電話してみたけど今日はダメ、みたいなこともよくあるみたい。そんなこんなで遅いと作業が決まるのが10時を回ってしまう。移動して活動開始は10時半とか。そういうのを嫌ってか、陸前高田の2軒目で一緒だった遠野の人たちなど、現場で情報集めて独自に動いているらしい。

○ボランティアセンターの機能度合いは場所によって違う
気仙沼は既にかなり組織化されていた。保険センターだかの施設の一部を使っていて、医療スタッフなんかも隣で活動していたり、活気がある感じ。また車両も豊富で、現場までの送迎付きで、自車両は汚さずに済む。
他方、陸前高田はまだまだだった。施設もプレハブだし、スタッフも到着したばかりの応援の人が居たりして何も知らなくて、機材(スコップなど)の軽トラなどでの運搬体制も、そのための連絡経路など含め整っていない感じだった。また、ここは現場までの足は自前で、下手したら機材も自分で運んだ方がいい感じ。ぼくの車が使えなくなったのは痛かった。といっても機材全部積めるかは、上述の通り雪山滑降の各種荷物とオフロードの装備が積んであるため、微妙ではあったんだけど。

○機材
スコップ、ネコ車など必要な機材類は大体ボランティアセンターに置いてある。ただボラセンによって品揃えは違うかも。最低限揃っているとは思うが、出来れば足りないものを訊いて少しは持って行って、それは寄付して置いてくるくらいしてもいいかも。今回マサヤくんが用意したスコップ5本は陸前高田に置いて来た。結構高いもので、1本5K円とかしたみたいだけど。

○活動時間は結構短い
朝一で仕事もらえれば9時半とかに働き始められるんだろうけど、最初の二日は特に一からマッチングしていたので、午前1時間、午後2時間程度しか活動出来なくて、若干欲求不満。気仙沼も陸前高田も同様に、8時半受付開始、15時には上がることになっていた。これから昼休み1時間、1時間ごとの休憩、朝のマッチングの時間なんかを引くと、活動時間は4時間は超えない感じ。ボランティアとして、負担をそれほど与えないように、という配慮もあるのかもしれないが、わざわざ仕事を休んでガッツリやりたくて行っている者としては物足りない感じはあった。まあその分観光というか、色々様子を見たりは出来て見聞は広められてよかったけど。

○服装、装備
大体ワークマンで揃う。全部で1万ちょっとかなあ。メンバーの間ではワークマン最高ってことになっていた。

ぼくの装備は次の通り。
-綿混ツナギ。綿100は好きじゃないので。2000円くらい。
-インナーはバイクや山で使っている速乾性のもの上下で、新たに買ったりはしなかった。ワークマンで売っている速乾性Tシャツなどの出来もかなりいいらしい。
-爪先鉄板入り長靴+踏抜き防止インソール。2000円と800円くらいかな。
-ヘルメット。電工用しか無かったのでそれ。作業中は色々頭をぶつける危険性があるので、真面目に作業するつもりなら何でもいいからあった方がいい。ヘルメットの下は、ワークマンで買ったドゥーラグ的なのを付けていた。キャップの後ろ首筋に日焼け止めの布が垂らされているもの。タロウさんとマサヤくんも途中で同じものを買っていた。
-ゴーグル。普通の作業用の保護ゴーグル。アスベスト用がいいって話もあったけど、そこまでは大抵必要無いだろう、と。ただ、これもやはり埃が飛散していたり、物が飛んだりは普通にするので、必須と思う。
-マスク。これは必ずしも必須でないが、埃対策であった方がいい。おかげで作業後鼻かんでもきれいなものだった。ぼくは防塵のフィルター交換式のもの、本体2000円弱かな。フィルターの替えは2つ買ってあったけど、特に使わなかった。が、もう限界で、次使うときは替える感じかな。花粉症対策で街中で使っているようなものは体を動かす作業時には不適なので、ワークマンなりで売っている作業用を買った方がいいだろう。
-手袋は2種類くらいあった方がいい。水仕事用のビニール系(出来るだけ長いもの)と力仕事用の背抜き系(掌側は滑り難い加工がしてあり、甲側は布地のもの)。これは各1を結局最後まで使った。1週間くらいならそれで大丈夫かな。一応3双パックとかので予備は用意してはあった。

他に、カッパ(雨のときは作業はしないだろうけど、ひどい泥のところとかに当たったときのために。ぼくは元々持っていたオートバイ用のお古)とタイベックのツナギ(1000円もしないので、一応。これは300円とかもっと安い他の不織布のでもいいかも)はバックパックに入れて常時持っていた。

○ほぼ毎日のように朝方地震があった
何故か決まって4時前後に震度3くらいのものが。特に週の後半、水曜日からは無かった日は無かったんじゃないかな。昼間とか夕方のは気付かなかった。

■行動記録
ぼくの動きを中心に。

○5/6金曜~5/8日曜

別にストイックにボランティア活動だけするつもりは、他の人は知らないけどぼくに関しては毛頭無く、前後は遊びの予定を入れていた。前の土曜はもてぎでダートトラックパーティー、日曜はどこかのスキー場で滑る予定(結局天元台にした)。立山山行から木曜夜遅くに帰ったので、家には半日しか居なかったことになるな。後は鳥海山にでも滑りに行こうかと。これは結局車両トラブルにより果たせなかったけど。というわけで車にはモトクロス用の装備(ヘルメット、ブーツ、ニーブレイス、ジャージ上下)、雪山道具(ルーフボックスに板4枚、車内にブーツ3足、ウェア3着、BC用具一式、等々)で一杯だった。

土曜、もてぎへはいつものように前夜の金曜夜に出て近くで寝るというプランで行ったのだが、その前に支援物資として米200kgほどを運べという指示を、突然当日にマサヤくんから受け、Jazzy Sport Music Shopに取りに行った。ついでにぼくらが使うスコップと、これも支援物資の服なんかも、積む余裕があったので積んだ。

支援物質、米200キロ、デニムなど3箱、スコップ1箱の積み込み完了。 (@ Jazzy Sport Music Shop 学芸大学店) http://4sq.com/iZd7pYless than a minute ago via foursquare Favorite Retweet Reply


後席左側は着替えやくつろぎスペースとして空いているのだけど、そこに。

土曜のダートラは朝方雨が降ってしまいもてぎまで行ったものの中止。その後しばらく下道でたらたらと移動しながらワークマンで足りないものを仕入れたりしていたのだけど、R294沿いの栃木北部から福島南部は地震の被害を結構受けていたようで、屋根にブルーシートを被せた家が目立った。311のときは福島県白河市でも土砂崩れで死者が出ていたし、その辺りもかなり揺れたのだろう。

マサヤくん号の3人とは日曜の夜にどこかで集合ということになっていたのだが、特に泊まる場所など決めていなかった。スキー滑り終わってから調べたら、気仙沼は公式のテント場があるみたい。連絡したら受付してもらえそうなので、ぼくが先にボランティアセンターに向かって、夕方何とか受付をする。ぼくはそのままテント場へ。が、マサヤくん号は結局途中で幕営するとのこと。まあそれで正解だったかな。いいところが見付かったようだし。そこはぼくも通りすがり、よさげだな、と思ったところだったのだけど。

ぼくは受付の後、テント場へ向かう前に、気仙沼で夕ごはんを食べようということでR45を南へ向かったのだけど、いきなり被災地域が現れてかなり飛ばされた。最知の駅の辺り、海に近いところを通っているところかな。暗くてよく見えないが、まあそれ故に不気味な、一面の瓦礫の山。

この後もそうだが、津波の被害は実際に見るとすごい。馬鹿っぽいけど、すごいとしか言いようが無い。どこも写真で見たような景色ではあるけど、やっぱり実物の迫力は違う。出来れば一度見に行くといい。GAGLEのHungerも、後で触れるライブのMCで、色んな考え方があるだろうがという留保付きで、空いてそうなときに見に行くことを勧めていた。

テント場は結構空いている。5張りくらいだったかな。

○5/9月曜

テント場では朝6時に防災無線的なものによる朝の放送が入る。んー、こんなところでは明け方寝て昼過ぎに起きる、ぼくの大学生時代のような生活は送れないな。今回は立山生活の延長線上でそれより早く目が覚めていたのでいいんだが。

6時半に清掃活動。テント場に取りまとめみたいなずっと滞在している感じの人が居て、その人の号令で。とか書くと、北海道のキャンプ場やライダーズハウスのヌシみたいなのを想像する人も多いだろう、というかぼくはそれを連想してげんなりしたのだけど、そんな嫌な感じでなく、トイレ掃除を自分で率先してやるようなしっかりした大人の方だった。そういう共同のところ以外は、その辺のゴミを拾ったり。

テント場は水道は出るし、トイレもあるし(外のは和式。中に入ったところにあるのは1つ和式もう1つ洋式だったような)、電気はあるし(コードリールが引かれていて、そこで携帯の充電が出来る)、1つだけだけど共用のカセットガスコンロがあって炊事出来るし、まずまずの環境。ただ、廃校なんだけど、意外とテント張れる場所は狭い。好適地の一部が民家に近いという理由からか10mくらいテント張るの禁止になっているのも痛かった。

このときはここには和式のトイレしか無いと思っていたので、最寄りのセブンイレブンまで行って、朝食と昼食買った。コーヒーも飲んでゆっくりして。いざトイレに行ったら和式でガッカリ。

ボラセンには8時くらいには着いていた。ここはイーモバイルの電波入ったので、ネットなど。

ぼくはボランティア保険には入っていなかったのだけど、受付の際に入れたというか入れられた。保険料などは取られなかった。今年度末まで有効みたいなんで、また活用したいところ。

8時半過ぎにマサヤくんたちも合流。マッチングを待つ様子。
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ちょっと、つか、大分怖い。知らなければ近寄りたくない感じ。まあ実際は皆さんいい人なんですが。右からタロウさん、マサヤくん、弾蔵さん。マサヤくんのアスベスト対応マスクのピンクはかなり毒々しい。

ヘルメットにはお揃いでJazzy SportとArc'teryxのステッカーを貼った。
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黄色いヘルメットがぼくのなんだけど、JSステッカーは白のベースなので、ちょっといまいちな感じになっている。こっちの方がいいかな。
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結構マッチングに時間が掛かって、というかぼくらが出遅れたのもあって、10時過ぎにようやく仕事にあり付けた。労働組合の連合との合同チームで8人くらいで、市街地の居酒屋の清掃など。大家さんは無事だけど借り主は亡くなって、でも今後も店として貸し出したい、みたいなところ。
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こんな感じの並びの一角。

作業開始は10時半くらい。なので1時間作業して11時半から昼休憩、午後は12時半から作業開始。床上の泥の撤去、壁の石膏ボード剥がし、店の脇の瓦礫、というほどでもない細かいゴミの撤去、などの作業。店の脇は、ぼくが後から大家さんから頼まれて最初やり始めたたのだけど、別の作業に取り掛かっているうちにタロウさんとマサヤくんとかでやることになり、後半は魚なんかも出て来て、匂いがきつかったりなど結構大変だったらしい。

連合の人たちがかなり働き者で率先してトイレなど3K度の高い作業を担当してくれたりして、かなり効率的に進んだ。ただ、途中で指摘したが、土嚢に一杯まで泥を詰めるのは勘弁して欲しかったけど。土嚢には、特に泥みたいな重いものは、8分目までしか入れないって常識ではないのか。確かぼくは最近どこかで読んだんだけど、そういう最低限の予習はするべきだな、と。

作業終了時間は15時なわけだけど、14時半くらいには作業終えて迎えの車両を呼べということだったので、そんな感じに。一応頼まれたことは一通り終わった感じで、それなりにきれいになった。

作業が終わってボラセンに戻って報告などをリーダーからしてからは、被災地を見て回ったりなど。

燃えた船とかがメインの港に何隻も並んでいたり、流されて道を塞いでいたり。
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弾蔵さんはこの日リーダーしていたのだけど、目印ということで支給された赤いウィンドブレイカーをずっと着ていた。

さらに大浦の方まで行って根こそぎ持って行かれている様子を見たり。安波山というちょっと高いところに登って全体の様子を眺めてみたり。

安波山から南東。
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左の海沿いは山と海の間の狭いところに家や小屋が立ち並んでいたようだけど、海抜数mのところはごっそり流されていた。正面に見えるエリアも、写真だとあまり写ってないけど、壊滅状態。大きい備蓄用タンクが幾つもゴロゴロ転がっていたり。

同、東の方。
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山桜がきれいだった。が、その向こうに見えるエリアもかなりやられている。

その後風呂へ。自衛隊がやっているところもあったけど、普通の銭湯に行った。友の湯、というところ。400円。
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同じようなボランティアの利用者が多いのか、かなり賑わっていた。そのため湯船は循環が追い付かないようで明らかに垢などが浮いておりかなり汚い感じ。

市役所で待ち合わせして、マサヤくんの大学時代の友人にぼくの車に積んでいた米などの物資を渡す。マサヤくんは岩手大学出身で、この辺に知り合いが多いみたい。

夜から朝に掛けて雨の予報で、ぼく以外の皆さんは雨に濡れたくないから軒下などにテントを張れるところを探すとのこと。ぼくはテント張りっぱなしにしてあったので公式テント場に戻ることに。

途中市街地で買い物。イオンの営業は19時までだったかな、ともかく間に合わなかった。後で聞いた話だと、惣菜などは売っておらずペットボトルの水とか非常食系しか並んでいなかったらしい。さらにその後前日行ったラーメン屋に行ってみるも、営業しておらず。

その辺りでツイートしていたのがこれ。

昨日のラーメン屋やってないのか。なんでだろ。スーパーの営業時間にも間に合わないし、ついてない。そしてなんか車のエンジンの調子が昨日の夕方からおかしいような気がして不安。異様に吹けない。less than a minute ago via Echofon Favorite Retweet Reply


車の調子は、前日テント場へ移動するとき、山の中で結構登りがあるのだけど、そこから違和感があった。安波山への登りは何とかこなしていたんだけど。

R45の高台になっているエリアにドラッグストアやガソリンスタンドがあるのだが、その辺りは普通に営業しており、マイヤというこの辺のチェーンのスーパーもあって、そこで無事必要なものが買えた。クレジットカードも使えた。

例によって被災地の地酒を購入。気仙沼の角星の特別純米。サイトで見ても該当のものが見当たらないんだけど、地酒に「三陸道」ラベルという2006年の三陸河北新報社のニュースにあるのとおぼしきラベルのもの。裏のラベルには「金紋両国特別純米酒」て書いてあった。結構短い時間で2/3くらい空けてしまった。

マサヤくんたちはいい場所を見付けたとのことで、合流しないか一応誘ってくれたけど、もう遅いし、つかちょうど酒を飲み始めたところだし。

テント場は流石に人が多くなっていた。テントも10張りくらいかな。21時に消灯の放送が流れた。22時半くらいに、予報通り雨が降って来た。夜中は結構強く降っていたような。おかげで夜中は隣のテントのイビキは気にならなかった。

○5/10火曜

雨は予報より早く上がっていて、さわやかな朝。やっぱり放送前に起きて、面倒だから清掃前に出ようかと思ったけど、一応参加してから、速攻でテント撤収して移動。今回はセブンイレブンに期待せず、ボラセンの建物のトイレへ。正解で、シャワートイレにあり付けた。

この日ゴリくんと盛岡チームのチョクくんトキオくんが合流。7人向けのきつい現場ってリクエストを出してみたらなかなか見付からずにこの日も少し待たされたのだけど、無事にいい感じのところが割り振られた。

気仙沼史上最強ミッションだとか。CHOKU & TOKIOも合流 RT @ressenti_man: ごつめの現場を頂き移動中。昨日は労働組合の連合との合同チームだったが、今日は7名のフルメンバーでワンチーム。less than a minute ago via Echofon Favorite Retweet Reply

前日見に行ったエリアの先、小さい漁港のある集落。お手伝いした家は原型を留めているが、その下側に別の家の2階部分が流されており、搬出作業がし難い。裏から回るか、別の家の2階との間を通って道路の法面を登ってガードレールを越えるか。とりあえず後者の動線確保ということで、法面にステップを刻んだり、廃材を利用して道を通したり。ぼくはその辺りの外回り作業ばかりやっていたので分からなかったが、上記チョクくんブログによると「撤去、撤去!永遠に続く撤去」とのことだが、まあそんな感じかな。畳や冷蔵庫などの大物から、家の裏や脇に転がっている小物まで。

昼休み、気付いたら自衛隊の車があった。
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何かの下見だろうか。

家の反対側の斜面の上に神社があって、そこへの通路沿いに明治三陸地震とチリ地震の津波の高さを示す標識があった。
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それぞれ6.0mと2.9m。今回の津波は明治三陸地震の標識の2mくらい上まで来ていたように見えた。

折角なので神社まで登ってしばらくゆっくり景色を楽しんだ。
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のどかでいいところ。右手の一番低いエリアの建物は根こそぎ持って行かれているし、左前方の岬に船が突っ込んだままだけど。真ん中下に写っている船は一隻だけ残った、とかいう話だったかな。沖に出て津波をやり過ごし、死んだかと思われていたけど、二日後に生還してみんなを驚かせたとか。

神社の脇の集会所的な建物は避難所になっているようだった。通り道でも小高いところにある神社の類は大体無事みたいで、やっぱり昔の人はえらい、というか、まあこれこそ智慧だな、と思った。

まだ片付け切っていないみたいだったけど、時間切れで終了、だったかな。2階の荷物を出していたようだけど、どこまで出来たのか、ぼくはそこまで入っていないので不明。

あと、最初はぼくらのグループだけでやっていたのだけど、何故かその後2名ほど合流。応援頼んだのか、あぶれたのが送り込まれたのかは不明。さらにその後、14時過ぎとかになって、うち1名のツレらしきのが来たのだが、ボラセンに登録せず直接来たみたい。もう作業終了だったからいいものの、というか作業終了時間も把握してなかったようだが、そもそもそれだと作業出来ないって話なんだが、なんだかな。まあ差し入れでスポーツドリンク持って来てくれたので許すが。

ボラセンに戻って、昨日と同じ風呂に入って、陸前高田に向かう途中でチョクくん号とはぐれた。色々規制があったり、すれ違いが困難だったり、そうこうするうちに付いて来れなくなったみたい。目的地が陸前高田というのは伝わっているので、そのまま進むことに。

けどぼくの車の調子が本格的におかしく、陸前高田への道で登坂車線使ってぎりぎりな感じになってしまった。全くパワーが出ない。結局陸前高田のボラセンに車をデポして、この後木曜までゴリくんの車に同乗させてもらった。

この日の寝床はマサヤくんが情報を仕入れていた公園。トイレは紙付きのきれいのがあるが、水は出ない、というか、その辺の水道は全て出なかった。それにしても、トイレや水のことを気にしていたのはぼくだけ。みんな、トイレ無ければ大でもその辺にすれば、という野蛮な人たちだったらしい(ぼくも携帯トイレ持っていたけど、基本的に使うつもりは毛頭無く)。それと、期待していた軒下は資材が置いてあって使えず。普通に屋外にテントを張った。

あとでニュース見て知ったのだけど、住田町の方に公式のテント場もあったみたいね。GW中は賑わっていたけどGW明けは数人しか居なかった、みたいな話だったが、そもそもGW明けの月曜火曜は岩手県はボランティア活動全面休止ってことだったのでは。

閑話休題。この夜は、その前2泊一人だけだったけど、初めてみんなと一緒で、こんな感じの楽しい宴。
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弾蔵さん、タロウさん、マサヤくんはいつもこんな風にアライのテントを並べて幕営しているみたい。

ゴリくんは狭い軽自動車(つか、軽自動車侮れないのだけど)からツインバーナーなど本格的な装備を出して来てびっくり(右上に写っている)。ホーボージュンかチュンチュンか、って彼らをリアルでは見たことないけど、ともあれ鮮やかな手際で料理。春巻をごちそうになった。おいしかった。

この日は昨日の角星の残りと、これも前日買ってあった一ノ蔵の特別純米酒辛口。やっぱり有名な蔵の方が味はいいように感じた。角星のも飲み易くて悪くはないが、値段(1300円とかしたような)からするともう少し頑張って欲しいところかな。

タロウさん、噂通りのイビキ。この程度は序の口で、本気を出すともっとすごいらしいが…

○5/11水曜

ちょうど目が覚めた5時くらいに地震。マサヤくんは反応していたが、他の人はスルー。

テントから外に出たら一段下の駐車場の真ん中にチョクくんとトキオくんのテントが張ってあって笑った。気仙沼でごはん食べて、公園に着いたら疲れ切っていたためそのまま寝てしまったらしい。

この日から陸前高田で作業。思ったより人多い。大型バスが数台。前夜プレハブ建ての寂しい様子だったから、意外と活気があってよかった。

作業のマッチングはリーダーのタロウさんが交渉。大人数が必要な現場は1箇所だけとのこと。もう1軒別のところを示されたが、写真を見たところ、余裕過ぎるでしょ、ということで却下したとのこと。流石。

行ったお宅は、既に何度かボランティアが入って、屋内はきれいになっていた。床板剥がして、泥を出して、とかは済んで、業者も入ったりしたみたい。ぼくらの仕事は主に庭の瓦礫をどけること。そのお宅の一段下までは全壊で瓦礫置き場になっていたから、そこに廃材の板や畳で道を作って動線を確保、ゴミを捨てて行く。

ぼちぼち片付いて作業スペースも出来たところでこの日のメインイベント、車の除去。このお宅のもので、当初は家に突っ込んでいたらしい。前の家の瓦礫の方に移動されていたものの、庭に一部掛かっていて邪魔だった。ぼくは、それより他に出来ることがあるんだからそっちやれば、って感じだったのだが、なんかそっち系のタスクにやる気を出している人たちが居て、トライすることに(とはいえ、ぼくも消極的にだけどちゃんと参加はしていた。つか、最終的な解決につながる方策はぼくが出したものだし)。結局足場が悪かったりで、当初想定したようには動かせなかったけど、車両の後ろを2mほどずらして完全に敷地外に出すことは出来た。

その後、さらに奥の方の瓦礫を撤去していたところで、遺体発見。2才児くらいかな。報せを聞いて見に行ったら、最初ぼくは人形説に傾いたが、確かに近付いてよく見ると蛆虫が這っていたりした。それでもまだリアリティが無い。人形か人間か分からないけど、という留保付きでご主人が警察に通報。しばらくして来た警察は、一発で分かるものなのか、当然のように遺体として処理していた。第一発見者のタロウさん、上手い具合に掘り出して、その後も安易に扱うのでなく慎重に見極めたもんだなあ。ぼくならスコップでつついたりしてしまっていただろう。

スタッフによると、陸前高田のボラセンでは2日に1度くらいは活動中の遺体発見があるとのことだった。まだまだ行方不明者も多いわけで、その辺りの瓦礫の下に埋れている可能性が十分にあることを改めて思い知らされた。それにしても、結構きれいな状態で見付かったのはよかった。

警察が来て、搬出が終わって、詳しい現場検証なども無くあっさり帰ってから、今日の作業は中止ということになった。ちなみに警察は群馬県警のヘルメット被った人たちだった。道路で交通整理しているのとかも他県の警官ばかり。もう一つついでに、弾蔵さんが警察に、そこの瓦礫どけないと出せないよ、とか指示していて面白かった、つか流石。

昼食後しばらくその辺りで休んでいたらテレビクルーがインタビューに。弾蔵さんが答えていた。後ろで聞いていたが、なんかアホな質問ばかり。ボランティアやっていて大変なことって何ですか、とか。色々大変だと分かって来てるって話だが。結局使われたのかな。結構おいしい絵が撮れていたはずなんだけど。彼らはこの日朝からその辺をうろついていたのだけど、ぼくらの現場も、朝一の瓦礫だらけの状態から、撤去作業中、特に車なんて大物にみんなで取り組んでいるところ、瓦礫が片付いて来てから奥の方で遺体発見、とか一通り映っていたはず。

昼過ぎで解散ということで、時間に余裕が出来た。なので、マサヤくん号で弾蔵さんを早めに一関に送り、他の方々の協力でぼくの車をどうにかすることに。チョクくん号が結構大きい車で、ぼくのエルグランドも牽引出来そうなので、大船渡のディーラーまで引っ張ってもらうことに。牽引ロープはぼくが持っていた。バッテリーケーブルとか、何かのときのために常時持っているのだけど、役立ってよかった。のかな?

車はいずれにせよ預けて診てもらわないとならないみたい。というわけでまたゴリくんの車に乗せてもらって移動。

先に買い物に行ったのだったかな。大船渡のスーパー(サンリアってショッピングセンターに入っているジョイスかな)はクレジットカード使えず。その後金曜に日産のディーラーで支払いするときも同様だった。通信が回復していないのかな。

ショッピングセンターに入っている評判らしいハンバーガー屋さんでおやつ。
THE BURGER HEARTS ザ バーガーハーツ - 盛/ハンバーガー [食べログ]
ぼくはチーズバーガーのMセット。
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ポテトのMは異様に多いので、Sで十分だった。

その後入浴。
岩手 三陸 碁石海岸 大船渡 オーシャンビューホテル丸森
温泉ではないのかな。とりあえず景色は良かったし、前日と違ってお湯は清潔だったので、まあいいや。

この日の幕営地も前夜と同じところ。が、その後いい具合の東屋を発見していたので、そちらにテントを張った。
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干し物も出来ていい感じ。前日は小川アーデインを使ったのだけど、この日から持ち歩いていたのは持ち運びも設営も楽なロゴスTDラピーダ。

何故か盛岡チーム2人はこちらには来ないで、前夜同様駐車場の真ん中にテント張っていた。タロウさんとマサヤくんは30分くらい遅れて合流。また宴会。
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あさ開が被った。タロウさんが本醸造、ぼくが純米。本醸造も悪くないな、と思った。

飲み進むうちに、前夜もそうだったんだけど、タロウさんのトークがツボに入りまくり。

若いドザエモン。みんなの遺体。タロウさんの今夜のパンチライン。まあ、見付かってよかった。less than a minute ago via Echofon Favorite Retweet Reply


タロウさんが第一発見者だとか話していたら、あーあの若いドザエモンね、いやあれはみんなが見付けた、みんなの遺体だから、とか。流石に日本語ラップ業界長いだけある言葉のチョイス。この「日本語ラップ業界長い」というのはマサヤくんの言葉なんだけど。初日の作業中に魚が出て来て臭かったとかいう話しているとき、ウォー、ギョッ、とか言っていて、それって魚と掛けてるの、と訊いたら、別にそれで踏んだわけじゃない、オレも「日本語ラップ業界長い」から、とかいう文脈で出て来たんだけど、んー、、。

ゴリシェフの今夜のメニューは豚バラ焼肉。おいしかった。さらに、翌朝用のミネストローネ風スープを仕込んでいた。これもおいしかった。ごちそうさまでした。

○5/11木曜

朝、盛岡の2人が早めに撤収していて面白かった。実は前日、彼らは二度寝してしまったようで少し遅れたのだけど、それをマサヤくんが軽く指摘したら、チョクくんは強く怒られたと取ったらしい。10数年来の付き合いだがそういうのはよくあること、みたいな話を前夜聞いていたので。

ボラセンは昨日よりさらに人が多い。ボラセンの駐車場には停められず、道路を挟んで河川敷に下りた方へ。昨日と同じ現場というのは決まっていたみたいで、機材の手配だけしてさくっと移動。

前日の続きで順調に片付けて行く。瓦礫なんかをどかした後は、10-20cmくらい泥が乗っているので、それも剥いで行く。泥はそもそも下水なんか混じっていて汚いし、本とか割れたガラスとか細かいゴミが色々入っているので、きれいにするにはそういうのごと取り除く必要がある。

そんな感じで作業していたら、なんかカメラを片手にずっと撮りながら、サングラス掛けた恰幅の良い中年3人組とかの怪しい車が入って来た。なんだこいつら、と思ったら、どーもー千昌夫ですー、とか言って握手を求めて来た。前日、ご主人から、千昌夫はこの集落の出身で、幼馴染みでもあるとかいう話を聞いていたのだけど、すごいタイミング。炊き出しに来たということで、近所の小学校でラーメン500食とか配っていたみたい。ぼくらも来ないか誘われたけど、まあ被災者の方々優先ということもあり、行かなかった。

この日の大物は冷蔵庫くらい。2日目もそうだったが、中のものが腐っていて非常に臭い。運ぶときに背筋を痛めてしまった。通り道が狭くて一人抜けてしまったとき、急に荷重を支えたからだろう。まあそれほど重くなくてよかった。

午前で作業は終わってしまったので、午後は別のお宅に移動。つか、やっぱり前日作業を中断しないで午後も続ければよかったのに。中断はボラセン側の判断だったのだけど。あと、そういえばここの現場は周囲の写真撮ったりしなかったな。気仙川を津波が遡ってR343より少し上、3km弱とかに渡って被害を及ぼしたようなんだけど、川の土手の両側には水田があり、その外に民家があるという構造になっており、その一角だった。

午後からの現場の周囲はこんな感じ。
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この辺りは川を遡るとかでなく、海からのがもろにヒットした感じかな。

ここでの作業は、初の床剥がしからの床下の泥出し。なんか、いい具合にバリエーションに富んでいたな。既に他のグループが入って作業中だった。後で作業終了のときわらわら出て来て驚いたのだが、30人以上居た感じか。

とりあえず床剥がしを手伝う。最初小さいバールしか手に入らなくてちまちまやっていたのだが、大きいバールを入手してからはばきばき剥がせて楽しい。

他のグループの人たち見てると、やはりぼくらのチームはかなりパフォーマンス相当高いということを確認。床剥がしも軽く2倍かな。マサヤくんは3倍とかだったり。

床剥がしが終わって、なんかやること無いか見に行ったら、外の植木に付いている小さいゴミ(数センチ)をちまちま取っているのが居た。その時点で他にもっと役立つことやれよって感じだが、なんか携帯のカメラで写真とか撮り出しやがって唖然。植木キレイにしちゃいましたぁ、とか何かに書くつもりか? 前後関係忘れたけど、確かそいつらに、その辺を埋めている泥は撤去するのかどうか、若干やり掛けた跡があったので、訊いてみたのだが、やっても切り無いし…、とかいう腑抜けた答え(内容と態度が)。仕方ないので一人で泥の撤去をやり始めたところでこの日は終わった。

個人宅の庭なんてせいぜい数十平米だし、泥が溜まっているところもそのうち一部なんだし(例えばこのときは津波の引く上流で高くなっている裏庭的なところだけだった。表は人がこれまで多く通ったためか知らないけど、ほぼ全く残っていなかった。なので対象はせいぜい3m*10m程度)、あれだけ人が居れば余裕のはず。その辺で油売っていたやつら全員でやれば1時間も掛からないはずだし、それは翌日実証された。

なんというか、まあモチベーションが違うのも仕方ないのかな、とも思うが、遠くから物見遊山で来たような連中は使えない感じだった。地名入りの揃いのベストやジャケットを着ていた人たちだったんだけど、逆にそれはその地域のプロップスを激しく落とす。格好も、普通のトレーナーにジーンズだったり、本気度低い。それでもまあ沢山居ればちんたら作業していても何かは成し遂げられはするが、どうも釈然としない。とりあえず、目の前から消えて欲しい。初日一緒だったグループはモチベーションもパフォーマンスも高くてやり易かったけど、正直やっぱりそうでないチームとは一緒に作業したくないなあ。

他にもなんだかなあというのが幾つかあって、例えば、拾ったガラスを何故か納屋の入口に集めてそのままにしていたジジイとか、表の瓦礫置き場に土嚢袋でも使ってまとめて持って行けよ、って感じだし(ぼくがそうした)、グループ毎に一旦荷物を整理というときに、ぼくらのをまとめてぼくらの目の前に置いていたら何も声掛けずに黙って持って行こうとして、いやこれ俺らのだから、みたいなやり取りがあったり。他の人たちはストレスになる。

他方、近くの遠野の人たちも居たのだが、ぼくは直接会話してないのだけど、独自のネットワークで助けが必要な場所を把握し、ボランティアセンター通さずに活動しているらしい。その人たちは、まあまともな感じだった。

作業終了後、ゴリくんとチョクくんトキオくんは直帰。残った3人も、翌日も同じ現場ということで、機材を置かせてもらい、ぼくらもボラセンには寄らずにそのまま移動。

この日は夜から朝に掛けて大雨予報なので、テント泊は避けることに。水沢へ移動。この後二日はジャジスポ人脈にお世話になった。

風呂は水沢まで行ってから。
薬師堂温泉-岩手県奥州市の天然温泉旅館 |日帰り
つるすべ感のある、いいお湯だった。今回のボランティア活動期間中初にして最後の温泉。あのエリアは意外と温泉無いんだよなあ。

その後水沢市街のJAZZRIZE STOREへ移動。店舗の2階に泊まれるスペースがある。柔道場みたいなやたら広い畳敷き。Jazzy Sport関係のミュージシャンが東北に来たときによく泊まっているところらしい。
JAZZY SPORT CREW | ANALOG - JAZZRIZE BLOG
翌朝出発準備中に撮った写真が載っている。マサヤくんの寝袋が手前に写っているが、姿は無いような。

そういえばこのJAZZRIZEブログも、翌日会うあら汁くんのmailmanブログも、安比ジャジスポのぼくのエントリで言及したりしていた人たちだ。

夕飯はよく行くらしい焼肉屋さんへ。おいしかった。出るときには大雨が降っていたので、タクシーで戻る。しばらくお店でタロウさんのリクエストで梅田さんが秘蔵レコードを掛けたりして、まったり過ごす。なんか1枚数万とかレコードの値段の話をしていたりしていた。この日もJAZZRIZE近くの酒屋で日本酒を買ってあったのだけど2階に戻ってからは飲まずにあっさり寝る。そのせいか、タロウさんのイビキは不発だったのは幸か不幸か。

○5/12金曜

この日はボラセンには寄らなかったので混雑状況は不明。

移動中、重機が動いているのをよく見掛けた。頼もしい。人手も必要だが、うず高く積まれた瓦礫の山は重機でしかどうしようもない。それにしても、重機が働く横で津波の被害で横倒しに重機が寝ているのはなかなかシュールな光景。

この日も前日の続き。まだ床板剥がしていないところがあったので、そこをガシガシ剥がす。上手くバールを入れると一気に剥がれるのが面白い。その辺りのテクニックも含めると、他の人たちの3倍くらいのパフォーマンス出していたんじゃないかな、と自画自賛。

泥出しは他のチームの人たちがやってくれたので結局担当せず。休憩中に土嚢が道路に掛かっていたのを奥に積み直したり、土嚢を使わずネコ車で捨てていた泥が、空きスペースを効率的に使わずにどんどん手前に来ていたのを、廃材の板とかを使って奥まで道を通すようにしたりはした。つか、その辺り全く頭を使わないやつらばっかりで困る、つかびっくり。

その後昨日の続きで庭の泥を剥いだり。これはマサヤくんの参戦もあり、他チームメンバー2人とネコ車による運搬をタロウさん含む3人くらい、計10人足らず(7-8人か)で1時間ほどでさくっと済んだ。が、なんか結局戦力にならなかったというか知らない間に消えていたんだけど、何故か剣スコ使って土を掬っている奴らが居てイライラした。それしか道具が無いならまだしも、探せばその辺に角スコが転がっていたはず。こういうことろはジョレンで剥いで角スコでネコ車に、ってのが一番効率良い。

ここでは石灰を用意していたので、それを撒いたりもした。前のお宅にも持って行っていればよかったな、つかボラセンにあったのかな。マサヤくんからは、どの作業しても様になってるね、とか誉められたが、まあ本質見抜く洞察力、ってことで。

14時過ぎには作業終了。他のチームはさくっと撤収したのだが、気付いたら掃除など一切していない。広いので自分一人でやるわけにもいかずそのまま放置してしまったが。その辺りの常識が欠けている人も多く感じた。つか、ぼくが参加していたチームの人たちも含め、殆ど分かっていないような。あまりちゃんと作業後の掃除やっていなかったように思う。前日は他チームの出来たリーダーの呼び掛けでちゃんとやっていたのだけど。

みんな工事現場の様子とか、見たことないのかな。ぼくはそれは日本人の美徳で素晴らしいものだと思うのだけど、ちゃんと一日の終りにきれいに掃除している。重機が出入りしたときに道に落とした泥なんかもきちんと掃いている。どうせ翌日汚すから、とかじゃなくて、一旦作業が終わったという意味できれいにしておく。作業現場だけでなく、その周囲の出入りで使ったところも含めて。ガシガシ荒く撤去作業したままだと、お手伝いしたお宅の方々も気分良くないだろうように思う。

閑話休題。作業終了の報告は別チームに任せ直帰、まずは大船渡のディーラーに寄る。部品の入荷が翌週真ん中とかなので、それまで留まってボランティア活動続行というのも難しいし、ここで修理してもらってまたここまで電車で来るのも面倒なので、陸送でうちの近くのディーラーに運ぶことに。その手続きなどをしてから、そのまま登米へ向かって移動。まずはVERB STOREへ。ここは主に服屋さん。ブログで触れてくれていた。きょうふうっ~! | VERBLOG
次にCafe GATIへ。ここはその名の通りカフェ。両方共、なんでこんなところにこんなお店が、というOOPARTS感が漂う。流石ジャジスポと繋がっているだけのことはある。GATIのシバタさんは今年は諸々の事情を鑑み中止になったらしい森波の立役者とのこと。

登米への道中トークが白熱し、というかぼくがひたすらマサヤくんに虐められていたため、風呂に入るのを忘れていたので、GATI経営のシバタさんのお宅(隣接している。シバタさんはGATIのアクセスマップにある柴田接骨院の先生でもある)でお風呂を頂く。でもっとGATIでごはん。途中でVERB STOREのオカちゃん(twitter@VERB_Okachan。オカダさんかな。オカモトさんだったような気もする。というわけでそのとき呼ばれていたオカちゃんで)も合流。タロウさんとぼくは、マサヤくんに運転を任せる方向で、日本酒、萩の鶴を頂く。萩野酒造という酒蔵みたいだけど、公式サイトは無いみたい。確か辛口だったような。気仙沼で(ぼく以外の2人が)買っていたホルモンを焼いてもらったのだが、ホルモンではないみたいなおしゃれな盛り付けで出て来た。他にレギュラーメニューの鳥関係の料理を普通に頼んだが、おいしかった。

確か22時とかから仙台へ向けて移動。ここはぼくは完全に落ちていた。マサヤくんの運転に感謝。そのままクラブ、ADDへ。この日はちょうどGAGLEのMitsu the beatsとMu-RがレジデントDJのSound Maneuversの日だった。ミックスCDは多分コンプリートしているので、パーティーにジョイン出来てちょっと感激。

仙台の夜は意外と活気があった。普段の様子を知らないけど、ああいう街だとこんなもんかな、という人出。でも震災直後は23時とかには人っ子ひとり居ないような感じで、大分元に戻った状態だったみたい。

23時過ぎはどなたか知らないDJだったけど、ぼくが知っているようなJazzy Sport関連の曲も掛かっていてよかった。0時くらいからMitsu the beats、1時からMu-R。いい音を楽しめた。

1時半くらいにADDを後にする。タロウさんと一緒に出たので、Mitsu the beatsとHungerにご挨拶出来た。仙台のレコード屋mailmanのあら汁くんやMONOm.i.cがシェアしているお部屋に泊めてもらう。後者はMonkey Sequence.19とのMONO × MONKEY "Mo-Mentous"は買って聴いていたので、いきなりの展開に不思議な気分。

リビングに2人(マサヤくんとぼく)、スタジオ、というほどではないが制作などに使われているらしい機材のある部屋に1人(タロウさん)を寝かせてもらう。無駄にトークしており、結局4時半とかに就寝。前日買ってあった南部美人特別純米を飲み始めるも、この日も結局タロウさんのレジェンダリーイビキは結局体験出来ず、ちょっと残念。つか、飲みはかなりセーブしていたからなあ。

○5/13土曜

この日は移動のみでボランティア活動は無し。さくっと東京に帰って来るのかと思ったが。

朝8時にはぼくは起きた。みんな起き出したのは9時くらいかな。

あら汁くんが、Mitsu the beatsからメールで10時からクライミングジム行っているという連絡があったそうで、みんな(あら汁くん+震災支援クルー3人。MONOくんはパスとのこと)で行くことに。
クライミングジム ビーナッツ
ここでマサヤくんがMitsuさんに、こいつkjですって紹介してくれたけど、昨日タロウさんと挨拶したのを覚えてくれていた。あんなちょろっとだったのに、すごいな。人間出来ている。

この辺り、前夜からの様子は次のエントリにもさらっと触れられている。
本日は勾当台公園とADDかな〜|mailmanブログ

二日酔いの中、朝から部長と気仙さんとマサヤさんとKJさんとボルダリング。

部長というのはMitsu the beatsのことみたい。朝までDJやって、10時前に奥さんをどこかに送ったらしく、その足でクライミングジムに来たらしい。ほんとタフだなあ。

ぼくはなにげに初クライミングジム。シューズはレンタルで200円、26.5でぴったりだったが、指が曲がった状態の方がいいらしいので本気でやるならもう一つ小さくてもいいのかな。ビジターは1500円で総額1700円。

マサヤくんに基礎的な動きを教わったのだけど、意外とというか、力任せでないきれいなお手本を見せてくれた。上級課題をやっていたが、そこまでになると力任せは通用しないのだろう。Mitsu the beatsと二人であれこれとムーブを研究したり、楽しそう。似たようなレベルの人と一緒にやるとよさげ。

あら汁くんは早めに(お店の仕事でかな)帰ったけど、他の人たちは結局13時過ぎまでやっていた。

ぼくは一番易しいレベルの課題ばかりトライしたが、2/3くらいは登れたかな。でも一番易しいのでも2本は今のスキルでは完全に無理で、あと数本トライしていないものもあったかも。初めてでここまで登れる人も珍しい、とみんなに言ってもらえたが、夏山でも不帰キレットとか槍穂縦走とか、一般登山道としては一番険しい部類のところには普通に行っていて生きて帰って来ているわけで、全くのど素人とは言えない状態ではあった。

その後相変わらずマサヤくんの運転で高速道路に乗って、福島の辺りは放射能的にヤバいってことで栃木まで行って、那須高原サービスエリアで休憩。そこからぼくに運転交代。2台目プリウスかな。なにげにオートクルーズ機能が付いていて、快適。明らかに変なレバーが付いているのに、マサヤくんはその機能に気付いていなかったみたいなのだが、さらに驚くことに、これも「B」とかレバーに書いてあるのに、エンジンブレーキが利かせられることも把握していなかったらしい。最初は一気に燃費を悪くしてしまったものの、その辺りの機能を活用して、アクセルやブレーキのペダルを踏まずに出来るだけスイッチ系で頑張る方式で運転したら、それまでの平均燃費を伸ばせた。

18時過ぎにぼくのうち近く到着。いつものガソリン屋で給油、洗車機で洗った後、うちの駐車場で車内の清掃など。放射性物質の除染ということらしく。20時過ぎに解散。

車両トラブルという残念な出来事があって、当初予定していた山スキー・ボードは出来なかったけど、木曜からマサヤくん号に乗せてもらって、特に金曜土曜のロードトリップは大分楽しかったので、まあ結果オーライ。

■GAGLE「うぶこえ」

当然のように、とはいえ配信音源買うのはなにげに初めてで、iTMSで買ってあったのだが、PVあるのは知らなかった、というか、「4/30にアップロード」だからぼくは既に立山に入っていたのか。日曜の朝にネット見ていて気付いた。GAGLEブログで見たのかな。

PVには復興支援作業や被災地の様子が非常によく捉えられている。全てどこかで見た光景ばかり。何度も何度もリピートしてしまった。それに触発されたこともあり、日曜は午後から今回のトリップの締め的な感じでシンクロニシティというイベントに行ってGAGLEなどを見たのだった。

それ以前に、そもそもそのイベントにはcro-magnonが出るはずだったようだが、その解散という話も、立山に居て情報から隔絶されていて知らなかったのだけど、水曜だか木曜にゴリくんから車中で聞いて驚いて、GAGLEが日曜にイベント(の前に土曜夜はMitsu the beatsが東京でDJ)って話は、タロウさんとマサヤくんがその前に帰京しなければならないって文脈で聞いていた。その日曜のイベントというのがシンクロニシティで、GAGLEはcro-magnonの代役で急遽出場、というようなこの話の全容を把握したのは金曜の帰り道。なるほどそう知って思い返すと、月曜からの会話等の中で、cro-magnonの件に関わるドタバタのことも出ていたな。

で土曜の帰り道に、GAGLEが出るイベントは他にストレイテナーが出る、とかマサヤくんから聞いて、ふーん、て感じだったのだが、夜一人になって調べてみると他にZAZEN BOYSも出るってことで、GAGLEとザゼンが見れるなら見れるなら元取れるかな、と。さらに日曜朝「うぶこえ」のPVを発見して何度も見て聞いているうちに、これはライブ見なければならないだろう、とみなぎりまくったのだった。

ライブは期待通りで満足出来た。と、あっさり済ませておく。行ってよかった。ZAZENも期待通りで、あとte'も初めて聴いたけど非常によかった。この日のツイートは殆どこのイベント関連ばかりなのでTwilog参照。

街頭募金ヘイターのぼくだけど、Hungerの呼び掛けには応えるでしょう、ということでライブ後の募金に並ぶ。つかみんな熱く応えていたようで、札ばかりが募金箱の中に溜まっていた。

一応「街頭募金ヘイター」について書いておくと。街頭募金はどこの誰だか知らないやつが何のお願いか分からないものを「お願いします」で「はいそうですか」って応えられるかって話。いや「何のお願いか」は言っていたり書いてあったりするけど、その金がどうなるのかとか全く分からないわけで。それより、大きな機関に託すか、信頼出来る個人に託すかだろう、と。信頼出来ないしょぼい機関や個人に託すことは出来ない、というかそこに「託す」と言えるようなもの(思い、願い、考え、等々)が無い行動は出来ない、ということ。

この日のGAGLEのライブは、本人も認める通り、

いやまいった...感極まって色々あふれてしまったっす。プロとしては情けない限りだ、でもありがとう。less than a minute ago via Echofon Favorite Retweet Reply


プロのライブパフォーマンスとしては完璧な出来ではなかったわけだけれど、むしろそれゆえにHunger/GAGLEの気持ちが伝わったし、多分あそこに居た大部分にも伝わり、それは募金箱にも反映されていたのだろう。

これから 何をしよう 見つからないなら  まずはどうでもいい生き延びよう できることから少しずつ手貸そう 焦せハート そしたら見えてくる自然と 今君が為すべき事

■ついでにMahya「Cosmic boy」

これも最近やたら繰り返し観て聴いている。冒頭MCの「あなたもCosmic boy」ってところが素敵過ぎる。

金曜日、Jazzy Sport Music Shopに行って対応してくれたのはGaku(twitter@gakujazzysport)さんだったんだけど、モグリのぼくは彼がラッパーのraythoughtと同一人物というのもその後知ったのだった(マサヤくんに日曜のシンクロニシティで会ったときに確認した)。ちょうど最近この曲を繰り返し聴いているうちに興味を持ち、raythoughtアルバムを(中古で。サーセン)買ったところだった。

GAGLEのライブが終わった後にたまたま会ったマサヤくんと話していたら通り掛かって、この前はどうも、つかraythoughtさんだったんですね、とか挨拶出来てよかった。

それにしても、自分の子供が居ないぼくでも、boyに限らず、このタフな状況で子供を守らないと、と思う素敵な曲。冒頭のMCで自分の息子への思いを歌ったと行っているが、個別性を普遍性に高めて多くの人に伝えられるアーティストって存在は改めてすごいな。この曲が入った『Inner Explosion』は本当に最高。プロデュースはTettory BLK = Masaya Fantasista + grooveman Spot。

ところで、Mahyaのアルバムにもそのものズバリ「Oneness」って曲があったり、「うぶこえ」も「Pray for one」で〆られているんだけど、正直この界隈の「One」重視には違和感を感じるというか同調出来ない。ぼくは、一対多って話なら、あくまでも多に軸足を置きたい。

何が言いたいかというと、Jazzy Sportとは一つにならずに、適度な距離感を保って付き合って行きたいな、と。とか、マサヤくんが喜びそうなので敢えて書いておく。ま、上に書いたように、出している音は好みど真ん中でこの先も間違いなく好きだろうし、こういう活動なんかも都合が付けばまたいつでも参加させて頂きたいと思ってはおります。つか、ぼくみたいなのを受け入れる広い度量がJazzy Sportにはあるって話ではある。

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